ケフィア繰り生き物の洞穴(無職)2

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zoom RSS 俗・捏造一殺多生。『一殺多生が特別で優れていると考える阿呆共』

<<   作成日時 : 2012/07/02 13:33   >>

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『俺、多数のために少数を犠牲に出来るから特別で格好良いんだ……』
(死亡フラグ風に)

……さて、今日も張り切って捏造していきますよ。(暇なので)

『一殺多生』を信条とする連中は、多かれ少なかれ自分に酔っています。

何か知らないけど自分の一殺多生を特別なものだと思っている。

非情な決断を下せるから格好良いんだと思っている。

一殺多生ほど凡庸な思想も無いのに。

小学生の算数ですよね。一殺多生ってのは。

「みぎのふねに500にん。ひだりのふねに1000にんがのっています。さて、どちらのふねにたくさんのひとがのっているでしょうか?」

「はい! せんせい!」

「じゃあ、きりつぐくん」

「500<1000です」

「せいかい。よくできましたねきりつぐくん」

ほら、小学生にも解けた。

小学生レベルの問題なんだから、人類の大半には解けるでしょう。

凡庸です。

ですが、真っ当な人間はこの小学生レベルから学習し、成長します。

色んな人が居て、色んな心があるということに気がつくのですね。

人情を学ぶのです。

そして、賢い人間は人情に適応し、次のステップに進むのですが、

人情は複雑なので、阿呆には理解出来ません。

阿呆は複雑な人情に適応するのを諦めてしまって、

「ぼくはさんすうができるんだ。かしこいんだ」

小学生レベルの思考に引き篭ってしまうのですね。

真っ当な人間は成人するくらいになるともう、

『五百人の船と千人の船? 五百を沈めれば良いに決まってるだろ。馬鹿だなあ

なんてドヤ顔で言ったりするレベルからは卒業します。

そういう人達は小学生レベルの人達からするともう

別次元の存在になってしまいます。

高次元過ぎて逆に阿呆に見えてしまうんですね。

高校生たちが虚数式を計算しているところにやってきて、

『iなんて数字有るわけ無いだろ?』

って言って整数だけで計算しちゃう小学生

『少数を切り捨てれば良い。当然だろ?』とか上から目線で言ってる連中なのです。

連中は人情という全ての大前提を無視すれば

ギリギリ正しい事を言っているように見えなくもないので

『私の理屈は正しい! どうしてそれが理解出来ないんだ!』とか言って暴れます。

人の世界で人情を埒外にするなんて、

そんなもん、万有引力という大前提を無視して

『慣性の法則が有るんだから、人はジャンプすれば宇宙まで飛んでいくはずだ』

って言ってるようなもんなんですがね。

重力を理解する事が出来なかったから、いつまでも自分が正しいつもりでいる。

軍隊っていう人殺しの組織がどうして被害の拡大を覚悟してまで味方の救援を考えるのか。

そんなの、まっとうな大人が普通に考えたらわかることなのに。

被害が大きくなるかもしれないのに救援を考えるなんて、

指揮官は馬鹿なのか?  兵士を自爆させた方が効率が良いだろってな具合。

……馬鹿はお前だ。

小学生レベルだから足し算引き算しか出来ないのに

なんか賢いつもりでいやがる。

足し引き算の合間に入っている記号を読み取れない。

全部を机の上で計算したら人が生きる理由なんて無くなるのに

『アテクシ全部理詰めですから? 賢いですから?』と

自分の存在理由を破綻させながら威張っている。

一殺多生ってのはそのレベルの話なのに、

フィクションではいい年したオッサンがドヤ顔で語ってるから困る。

ホント、どうにかしてほしいと思った。


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